全部はなせるひと

 

多分人には誰しも、誰にも言えないことの一つや二つあると思うんだけど、

 

それが10個も20個も積み重なって、何年も何十年も続いて、自分の人生の多くを占めてしまったら、

 

自分について人に話せることはほんの少しになってしまって、

 

それだけじゃ保たないから嘘で塗り重ねて、

そういうのをずっと続けてたら、

 

そのうちほんとの自分が分からなくなっちゃうよね

 

本当の自分はどう思ってるのか、

本当の自分は何がしたいのか、

そもそも本当の自分って、誰なのか、

 

気がついたら言えないことばっかり、それも嫌で正気を保てなくなって、

何かに逃げて考えるのも感じるのもやめて、

とっくに限界は来るはずなのに麻痺してもうそれも自覚できなくて、

 

私は正直そこまでになったことはないし、だからそうなってしまった痛みは分からない

 

だけど、私は、今仲良い人たち全員について、

誰々は〇〇だから好き、だと思ったことは微塵もなくて、

誰々だから〇〇なところも許せるし、一人ひとりそれぞれの挙げきれない色んなところが好きで一緒にいたいと思うから、

 

どんな事を激白されたって、私は絶対に見捨てたりしないし、引いたりしないし、批判したりもしない

 

どんなその人だって大好きだし、もし本人が望むならば、一緒に抜け出せるようにどんな努力もしたいと思うし、どんなことでも言って欲しい。

 

この人にだけは全部言えるってひとが1人いるだけで、絶対に違うと思う

 

本当の自分を知っている人が、自分の他にもう1人いてくれるっていうのはすごく大事なことだと思う

 

だからそういうことを、そういうたった1人になれて私はすごく嬉しかったし、

私に知ってもらいたいと思ってもらえたことがとにかく光栄で、

私は生きててよかったと思ったし、その子にも生き続けて欲しいと思ったし、

自分が絶対に最後の砦になろうと思った

 

 

とは言うものの、打ち明けられたとてどうすればいいか正直わからなくて、

 

わたしはその子が可愛くて可愛くて仕方なくて、大好きだから、もちろんいくら泣いたっていいんだけど、そんなとこ見るのはすごく辛いし、

まだ出会って2年も経ってないけど、4年ぶりくらいにできた親友だと思ってて、

 

私もその子だけにはどんなことも全部話してきたし、お互いにお互いのことを1番よく見てきたから、

その子がもうとうに限界を超えてるのなんて一目瞭然で、それを知ってるのは世界に私だけで、

私には何ができるんだろう、私がすべきことはなんなんだろう。

そればっかり考えてる。

 

 

寂しいって感情は怖い。

寂しいには、悲しみとか怒りみたいに明確な理由がなくて、だから永久的な対処法もなくて、

ただ漠然とした苦しい感情が人をおかしくしてしまう

寂しいを1人でも乗り越えられる人になりたい

 

誰かと一緒にいる時だけが、一人ぼっちではないのだということを去年思ったのだけど、

 

誰かとずっと一緒にいるなんて不可能だから、

だけど本当は一緒にいたいと思ってるし、離れている時も大切に思ってるよっていうことを、ちゃんと伝えていかないといけないのかな、、

 

基本的に誰もが言葉足らずだとは思う

 

 

最近私は好きなものとか好きなひとがどんどん増えてきていて、それに比例して自分のことも好きになってきていて、

 

何かを素直に好きになれたり好きだと言えることはすごく尊いことだと思うし、

だからこそ私は好きな人に好きだと言えない世界線は耐えられないし、

 

いろんな嘘を重ねて自分がわからなくなっちゃったとしても、

好きなものは好きで最低でも自分には嘘はつけないし、

好きなものがつまり自分を構成してるわけだから、どんなに迷ってしまって見失ってしまっても、

好きなものを思い出すことで自分を思い出せるんじゃないかなと思うんだよね!

 

それを好きだと思った自分の感性とかは自分1人のものなわけで、

それを楽しんで愛してた自分の記憶も自分1人のものだから、

 

だから私は好きを増やして、好きに囲まれて生きていきたいと思うし、

それは本当に心地の良いことなんだ

 

 

これを誰が読んでるのか私は知らない

もしかしたらあなたは私のよく知る友達かもしれないし、全然知らないどこかの誰かなのかもしれない

 

一つ本当のことを言ってみよ

 

私は浪人してる時、予備校途中で変えた。

正しくは変えてもらったんだけど。

 

塾帰り、23時頃、

コンビニで買ったアイスを公園で食べてた。

当時予備校で唯一くらいに仲良くなった近くの席の男の子と一緒だった。

いきなり木に押さえつけられていろんなことをされた。

その日は必死に抵抗して逃げるように家に帰って、その次の日も次の日も必死な思いで予備校に通ったけど、やっぱりダメだった、

起き上がれなくなったし、本当にどうしても何に代えてでも予備校に行きたくなくて行きたくなくて、

結局私はいろんな人に迷惑をかけて、予備校を変えてもらった。

それからの毎日は、移った先にいた高校時代の友達のおかげですごく楽しかったし、安心して勉強に打ち込めるすごく優しい世界だった。

どこまでもついてくると思われた記憶も、だんだん消えていった。

法政の受験日、その男と前後の席になったのは、後にも先にも最高に運の悪い日だったと思うけど。

 

当時13の理由というドラマを見ていて、見た人はわかると思うんだけど、主人公の女の子はいじめとかレイプとか、色々な要因で命を絶ってしまう。

その友達の女の子もレイプ被害者なんだけど、周りの友達に守られながら立ち上がって、それが他のどの登場人物よりも強くてかっこいいんだ〜

だから私はそのドラマにすごく救われて、思い入れがあって、

セミコロンのタトゥーを入れたのもそれと関連してるんだよね。

 

海外では13の理由を受けて、セミコロンのタトゥーを入れるのが一つのプロジェクトとして存在するんだけど、

 

セミコロンは、文章を終わらせはせず、一区切りつけて新しい文章を始める記号なんだよね

 

私たちはみんな、自分の人生の筆者で、

もちろん自分で終わらせることも続けることも選択できる中で、

それまでの人生に一区切りつけて、また新しくはじめるっていうのにすごくイイなぁと思ってしまって、

私は去年のようにはなりたくないし、弱くて惨めで呆れてしまうけど、

そういうのを経験してもう嫌だと思ったから今の自分がいるし、

そういう自分がいたのも事実で、

 

それもしっかり刻みつつ、自分がこう生きたい!と思うように、それになるべく近い自分で生きていきたいと思っています